暗い
音楽に限らず芸術作品に対する感想として「明るい」、「暗い」という表現があります。
音楽を発表し始めてすぐの頃、自分の作品を暗い音楽だと表現されてからあまり気にしていなかったその形容にこだわるようになりました。
「暗くていいですね」という人もいれば、「暗くて怖い」という人もいます。
自分では、自分の作る音楽を様々な角度から客観的に評価していたつもりでしたが、明るいか暗いかという視点はなぜか抜けていて、人から暗いと言われると自分がダークで不気味な物を作っているのだと気付かされるようで嫌でした。
そんな時、ある映像作家のインタビュー記事を読みました。
その作家も同様に、自分の作品をよく暗いと表現されると言っていました。
印象に残っているのは、彼は「ただ自分が美しいと思ったものを作っている」だけで、わざと不気味な作品にして人を恐がらせようという意図は全く無いというところでした。
確かに彼の作品は生々しくてグロテスクな表現が多く、アートに積極的な人でなければ「気持ち悪い」という感想で終わってしまうかもしれないということは私でもわかりました。
一方で多くのファンがいて人気の作家でした。
私も自分が「良いもの」を作れているか自身で見極めていただけで、「暗くて人を落ち込ませるもの」を目指していたつもりは全く無かったのでその記事を読んで少しすっきりしたのを覚えています。
しかしその「明るいか暗いか」という視点を知ってしまってからは、作品を作るたびにその点について意識せざるを得なくなりました。
どこかで、暗いものを作らないように、人を不快な気持ちにさせるものにはならないように、と気を付けながら曲を作るようになったと思います。
それでも変わらず自分の作品は暗いと言われます。
意識したところで変えられなかったということは、それが自分の音楽の性格なのだろうと思います。
鑑賞する人は、グロテスクで気持ち悪かったり暗くて嫌な気持ちになる作品と出会った時に、その作者は意図的にそうしているのではなく、実は美しくて楽しいものを作ろうとして失敗しているだけなのだと考えてみると不快感が少し無くなってかわいい作品と思えるかもしれません。