第2杯目「人生の味」
その日は高円寺の阿波踊りの初日の8/26。
夏らしい湿気と気候が戻った日、僕は体調を崩し店を休みたいということを代表に申し出ていました。
30代 飲食業界では若手と言えど、自分でも少し無理を押しながら働いていたのが裏目に出てしまった日でした。
店で少し仮眠をとり、翌日の仕込みを終わらせて 国分寺に引っ越したばかりに一度だけ行ったことのある中華飯店(食堂のような店です)で夕飯を済ませることにしました。
客席には二人。聞こえたのはテレビの野球中継と、ジュウジュウと何かが焼けている音でした。
今日は奥さんは不在、旦那さんが一人でした。
とりあえず餃子とピータン豆腐、手作りの餃子は皮がモチモチで 中の肉はぎっしり。詰まって旨い。沁みる。。
ほどなく食べ終えて、もう一品欲しいと思いメニューを見て麻婆豆腐を頼みました。
少し席が離れたところ、常連らしき人も同じものを。
出てきたのは何の飾りもなく、それでいて辛そうでもない一皿でした。
本当に豆腐と挽肉、少しのネギと餡だけ。
「なんだあ、全然辛そうでもないなあ」と常連らしき人が呟くと「うちはね、そんな辛くないの。いいの。」と、店主。
でも、すごく旨そうなオーラと、いい匂いがしました。
ひと口食べると、ブワーッと、、
優しいというか…深々とした味わいで…
店主は声も、表情もすべてが穏やかで 笑った皺が深くて、まるでその人の人生そのものの味でした。
それが全部この一皿に表現されているようで、一口一口が本当に美味しかったんです。
おそらく数十年間、鍋を振るい続けているであろう料理人が込めた一皿は、なんて贅沢なんだろうと思った瞬間でした。
休んでしまって うちの店を目当てに来てくれた人には申し訳なかったですが、その代わりに得たものは大きく それらを僕は改めてお客さんたちに表していこうと考えさせられた夜でした。
飾らなくても美味しく見えるように、作れるように、感じてもらえるように 経験を重ねていきたいと思います。